認知症と公正遺言証書
[相談]
母には法定相続人として私(長男)と弟の2人がいるのですが
最近、私や私の家族と同居している母が私に財産を残すために遺言を作成したいと言っております。
ただ、他方で母は軽度ではありますが認知症を患っており
主治医からは今後も症状は進行していくだろうといわれています。
母には、今のうちに上記の内容にしたがって公正証書遺言を作成してもらいたいと考えているのですが
可能でしょうか。
[回答]
1.遺言能力について
遺言者において公正証書遺言を含めて遺言を作成するにあたっては 遺言能力が必要になります(民法963条)
この遺言能力の有無は、遺言者の精神上の障害の存否・内容・程度、遺言者の年齢 遺言作成の動機や理由、相続人又は受遺者との関係といった諸般の事情が考慮されて判断されます。
そのため、認知症であることをもって直ちに遺言者の遺言能力が 否定されるわけではありませんが、症状の進行度によっては遺言能力がないと判断され
公正証書遺言を作成することができない可能性もあります。
したがって、本件のような場合には
可能な限り早めに作成に取り掛かることをお勧めいたします。
2.公正証書遺言の作成に関して 公正証書遺言を作成する場合、作成に先立ち公証人が遺言者の遺言能力を確認しますので 通常の自筆証書遺言による場合に比べて、相続開始後における遺言の有効性に関する
争いの発生を抑えることが期待できます
ただし、公正証書遺言の方法によっても遺言者の遺言能力が欠如しているとして
当該遺言が無効であると判断されたケースもあります。
東京高裁平成25年3月6日判決、東京地裁平成28年8月25日判決等。
そして、公証人による遺言者の遺言能力の確認方法については 公証人によって異なりますが、口頭で遺言者の氏名・生年月日
相続人又は受遺者と遺言者の関係、これから作成する遺言の内容の概要の聞き取りを行い
これらについて遺言者自身が理解できていれば作成可能と判断することが多いように思われます。
したがって、お母様におかれまして この点をクリアできるのであれば公正証書遺言を作成できる可能性があります。
3.公正証書遺言の有効性を争われるリスクに備えて 相続人間で当該公正証書遺言の有効性について争いになる場合に備え 公正証書遺言作成当時における遺言者の医療記録の保管や
公正証書遺言作成時における作成過程を動画にて撮影するといった方法により
当時の遺言者の遺言能力に問題がないことを裏付ける資料を残しておくことも
紛争の早期解決に向けて有用だと考えます。
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遺言書のススメ
[相談]
私は先日夫を亡くしました。私には子がおらず、父母・祖父母はすでに他界しており
兄弟姉妹・甥姪もいないため、身寄りがありません。
私が亡くなったら、面倒を見てくれている亡夫の姪に財産を渡したいと思っていますが
どうすれば良いでしょうか。
[回答]
亡ご主人の姪御さんはあなたの法定相続人ではありません。
あなたには法定相続人がいないため、遺言書がない限りあなたの遺産は原則国庫に帰属します。
姪御さんにお世話になっていたり、今後お世話になったりなどの事情から
あなたが亡くなったあとに残った財産を姪御さんに渡したいときは
遺言書を作成されることを強くお勧めします。
[詳細解説]
法定相続人がいない(相続人不存在)場合、相続開始時から相続財産は法人となり
家庭裁判所によって選任された相続財産管理人が相続財産を管理し
相続人を捜索し、相続財産を精算する手続きを行うことになります。
あなたが亡くなったあと遺言がない場合でも、上記の一連の手続きで
姪御さんが療養看護に努めたことなどを以って、特別縁故者として相続財産の分与を家庭裁判所に請求し
認められれば相続財産の全部または一部を姪御さんが受け取ることができます。
ただし、姪御さんが確実に財産を受け取れる方法ではありません。
また、家庭裁判所の手続きが煩雑であり、時間もかかります。
姪御さんに遺贈する旨の遺言書を作っておくことが確実です。
遺言は、作成の方式を満たし、遺言の要旨が明らかであれば自筆証書であっても
公正証書であっても効力は同じですが、自筆証書による遺言は
法務局で遺言書の保管をしない限り家庭裁判所で検認の手続きが必要になります。
一方、公正証書による遺言は、検認の手続きが不要であることと
公証人が遺言者本人の遺言意思を確認して作ってくれることから遺言の要旨も明らかであるため
紛争が生じる恐れも少なくなります。
したがって、遺言をされる場合は、公正証書で作成されることをお勧めします。
その他ご参考までに、近年高齢の方たちが相続人になるケースで散見される相続の課題として
推定相続人に行方不明者や認知症の方がいる場合があります。
遺産分割協議は、全員が参加し、相続人のうち誰が
何を、どれだけ相続するかを話し合わなければ成立しません。
当事者の行方が分からない場合であっても、認知症で相続の意思を表明できない場合であっても
そのような相続人を含め、全員が参加する必要があります。
行方が分からない相続人がいるときは相続財産管理人に
認知症などで判断能力の不十分な相続人がいるときは
後見制度を利用し後見人にそれぞれ相続人の代理人になってもらい
遺産分割協議に参加してもらうことになります。
これらの制度は状況や事情によっては使えず、遺産分割が進められないこともあります。
このような相続関係が予想されるときは
遺言を作成して遺産分割協議の余地をなくすことが必要です。